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■留学は発見の連続

ぼくは2001年から一年間、中国は南京に留学していた。
『南京好日』は、その名の通り、
ぼくの南京生活での色々と感じた内容を
書きつづったものである。

南京とは、中国の中心を流れる大河、
長江の下流域を占める江蘇省の省都であり、
長江沿いに位置している大都市である。

古くは、有史以前から人が住み、
三国志の時代は、その一強、呉の都だったともいう。
そして 中世には、ここは明王朝の初期の都であり、
20世紀初頭は、孫文が中華民国の首都とした。
日中戦争における南京大虐殺という悲劇は、
日本人と南京との複雑な縁を生み出した。
古都南京は、そういった歴史の清濁の中を生き続けてきたのだ。

ところでそもそもぼくと中国とのなれそめは、
今から約5年前。ぼくが大学二回生の時だった。

体育会系のクラブに所属していたぼくの生活は、
クラブが主で、学業は全くおろそかにされていた。
生活はクラブを基礎としており、
予定はまずクラブにより決められる、
今から思うと、怠惰の隠れ蓑にクラブを利用していただけなのかもしれないが。

ただ、ぼくは、何か悩んでいた。
本当に、これでいいのか、と。
そんなぼくの姿を母親が見て、
「ちょっと中国にでも行って来なさい」
と言ってくれた。

そして、大学の一ヶ月研修プログラムに参加して、
ぼくは中国の蘇州というところに行った。
そして、はまった。
もっと見たい、もっと知りたい、住んでみたい。

それから、ぼくは帰国後クラブを辞め、
中国留学の為の計画を立て始める。

なぜぼくが南京を選んだか。

留学の一年前、 友人(この人(笑))と中国旅行をした。
そして旅路の途中、 南京に立ち寄ったのだ。
地方のすさんだ街々を廻ってきた者にとって、
南京はあまりにも魅力的な都会に映った。

そのころはちょうど八月中旬。
釜のように熱い、と形容されるごとく、
三方を山に囲まれた南京の夏は暑い。
だが、暑さと比例して、
太陽は人の目に風景を鮮明に映し出してくれる。

中国の北方から南へ向かう列車は
長江大橋を超え、南京駅に到着した。
列車を降り、南京駅の改札を抜けると、
南に広がる玄武湖(シュエンウーフー)
(※南京市内の内湖・・水は汚い) が目に入る。

そしてタクシーで市内に入ると、
道路の両側にプラタナスの木が
覆い被さるようにして列んでいる。

タクシーを降りて、しばらく歩いてみた。
日本であまりなじみのないプラタナスの木は、
中国の街では結構見かける。

特に南京は、太陽の日差しをよけるため、
多くの道路に植えられている。
おかげで、歩道は日陰になり、 意外と涼しい。
それまで訪れた中国北方の都市とは、
桁違いの喧噪と、人の多さ、
そして、歴史が産み出す情緒深さ、
さらに、感じられるパワー、
中国の南方都市は十分に魅力的だった。
ぼくにとり、南京は光輝く街に映ったのだ。

そして、ぼくの決心は固まった。
ここに留学しよう、と。

旅行から帰国した次の年(2001年)の二月。
再びこの街に、 今度はしばしの定住のために、
ぼくは一人でやってきた。

この南京で、
ぼくはすばらしい経験をした。
また、かけがえのない友人と出会った。

クラブを辞めてまで留学して、後悔していないのか?
と聞かれれば、当初は後悔が若干あったかもしれない。
ぼくが初めて、クラブを辞めて中国に行く!と
当時つき合っていた彼女(同じクラブ部員)に言ったとき、
泣いて止められた。

「中国と私のどっちが大切なの?」
という、壮絶な質問を投げかけられ、ぼくは返答に困った。

“そりゃ、中国に決まってるやろ!”
とは、決して言えなかったが、
ココロでは悩んでいたのも事実だ。

結局、彼女とは別れた。
ついでに言うと、
中国に行ったら私はどうなるの!!
という必殺のセリフでとどめをさされたのだが。

ぼくは、失恋で傷ついたココロをいやすために、
中国にやってきた、という方が正確かもしれない。
当初、留学の動機は、
失ったモノを埋め合わせるためだったのだろう。
だが、留学でぼくが得たモノは、それと同じくらい、
いや、もっと多かった(といえば、あの子に怒られるだろうか)。

今では、留学をして良かった、思っている。
ぼくの人生の中でも、成功した時間だと思っている。

成功する留学というのは、目的意識を持つことだ。
限られた時間で、限られたお金で、
そういう条件で、得るものが多かったのは、
目一杯吸収してやろう、と思ったからだ。

もちろん人の自由だから、あれこれ言う気はない。
だが、ウダウダ無目的に暮らしている留学生が
あまりにも多かったのを見て、
自身はそうはするまい、と決心していた。

そんなぼくのまじめな態度に、神様が微笑んでくれたのだろうか。
おかげで、チャイナガールとのドキドキものの恋もあった。
ストーカーまがいの女の子に追いまくられた事もあった
そして、今でも親交のある友人と出会えた。
変な所への旅行も行けた。各地のうまいモノも食えた。
何と行っても、日本の姿、日本人とは、ということを
客観的に見つめ直す事ができたのが、最も大きい。
確かに、どうしようも無いくらい辛い日もあったけど、
それを上回るくらいの楽しい発見があった。

もし、これを読んでいる人で、
留学を躊躇している人がいるのなら、
まずは行ってみてほしい。

日本から一歩出れば、外国である。
外国には、好奇心を刺激されるモノがあちこちにある。
そして、感じて欲しい。
発見することは、多すぎるはずだ。
好奇心のカタマリで、躊躇なく踏み出せば、
見えてくることがきっとたくさんある。

留学は楽しい。
それは、発見の連続だからだ。

written by Bonkora 2004/08/19

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