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南京好日『満州国を往く』(3)
ぼくは前回、東北訪問の理由として三つ挙げた。
一つが、零下の世界の体験。
一つが、国境を見る。
もう一つが、満州国遺跡を見る。
という三つである。
さて、今回は、一つ目と二つ目の目的を果たすため、
中国は東北、最北の黒竜江省までやってきた。

南京から電車で36時間。
黒竜江省の省都、極寒のハルピンからさらに北上。
上の図で言えば、★印がある場所に、黒河という小さい町がある。
ここは特に観光地ではないが、ロシアと国境を接している。
日本という島国にいると、
国境というものに実感がわかないが、
中国を含めた大陸国家は全て他の国と
見えない線によって分けられている。
そもそも国境という概念自体、
近代社会の産物であり、
近代欧米列強が好きこのんで用いた言葉である。
時には恣意的に、時には地理に基づいて
自己の勢力範囲を確定するための線引きを行った。
そしてアジアに大挙してやってきた欧米諸国は、
それまで曖昧であった線を
明確にし、その線により囲まれる面積を
如何にして大きくするかに心を砕いた。
17世紀、ロシア帝国は、
シベリアから、中国(清朝)領へ南下を図った。
そして、中国との軍事衝突を避けるため、
ある河を境にお互いの国境と取り決めた。
時は流れ、清の国力は弱まると共に、
ロシア領はじわじわと南に拡大していく。
清は19世紀半ば、イギリスとの戦争に負けた。
その機をついて、ロシアはついに黒竜江(ロシア側ではアムール川)まで
自領を広げることに成功した。
黒河市内の北部には中国領とロシア領を分ける
黒竜江(アムール川)が流れており、
現在に至るまで、ロシアと中国の境となっている。
川を挟み、黒河の反対1キロほど向こうにあるのが、
ロシア側の街、ブラゴベシチェンスクである。
真冬の黒竜江はカチカチに凍っており、
歩いてもわたれそうだ。
(夏場はボートで近くまでいけるらしい)
そしてぼくは、黒河からさらに数十分
底板が抜けたタクシーに乗り、
寒風で足が凍りそうになったところで
愛輝(アイフイ)という小さな町を訪れた。
1858年5月28日、ロシアと清が、黒竜江を国境とし、
黒竜江左岸までをロシア領にすると定めた
ロ清間の国境条約である愛琿条約(アイグン)が締結された。
そしてこの場所で、
清朝とロシア帝国の代表者が条約に調印。
今では、当時の趣を残す建物は残ってないが、
ただ、石碑と、当時から生えている樹が
歴史の流れをとどめていた。
条約が締結された場所のすぐ向こうにも、黒竜江が流れている。
訪れたときは、1月。
ただ、ただ、雪と氷に覆われた河が、
21世紀になった今も、厳然と二つの国を分けている。
この向こうがロシアである。
この感動をいかに伝えたらよいか。
この感動が分かるのは、これを見たものだけだ。
ウオオオオオオオオオオオオオオヲヲヲヲォっ!!!
と叫びたくなる、のだが、
さあ、キミも1月の東北に行ってみよう。
その日の気温は、−34度若干風雪強め。
10分そこに裸でいれば、十分凍れる!
しかも後腐れなし原型をとどめたままで。
さて、ひとしきり凍った後、
ぼくはズンドコと鉄道で南下し、
吉林省の図們という目的地に向かった。
ここも、何も見所が無い町である。
はっきりいって、まともな旅行者はこんな所にこない。
見るべき観光地など全くない、ただの、国境の町。
だが、この町を流れる豆満江(トウマンチァン)という、
知る人ぞ知る、 北朝鮮と中国を隔てる川がある。
見てみたいではないか?
興味をそそられないか?
そしてぼくは雪に覆われた図們駅に下りた。
町のあちこちに、ハングルと漢字が併記された看板があり、
ここが朝鮮族の居住地域であることが分かる。
町といっても小さい町。
駅から歩くこと十分、すぐに豆満江にたどり着いた。
手を伸ばせばすぐにとどきそうな、あの橋の向こう、
あの橋の向こうには、多くの左向きな理想主義者が夢見た
地上の楽園、北朝鮮がある。
真冬の豆満江は凍り、雪に覆われており、
歩いてわたれそうな位の川幅しかない。
ここから多くの脱北者が中国国内に来るとか来ないとか、
そんな感じを抱いてしまうくらい、
あっけないくらいの小さな川だ。
もちろん、橋にかかるゲートには
厳重な警備がなされているわけだが。
ぼくはこの場で謎の男に殴られ、
気絶させられ、麻袋に放りこまれたあげく、
気がつけば朝鮮姓を名乗っており、
偉大なる将軍様に・・ということはなかったが、
ともかくも、何らかの後味を残し、図們を去った。
吉林省の近くには、朝鮮民族の自治区があり、
次に訪れた街は、延吉(イェンチー)。
ここを訪れた目的は、唯一たった一つ。
それは、冷麺。
いわゆる、コシのある、
ちょっとスープが酢っぱめの冷麺は、
おそらく、朝鮮北部が本場である。
ちなみに、南部(韓国) の冷麺とはちょっと違う。
この延吉にうまい冷麺があるという情報を得て、
わざわざ、その為だけに延吉にやってきた(アホとか言うな)。
じゃん!!
絶妙のスープとコシのある麺が絶品!
延吉冷麺の名店、“チンダルレ”。
東北にお越しの際は是非!(誰も行かへんって)
(次回最終回、そしてぼくは考えた)
written by Bonkora
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