イタリア人と過ごした日々

私は2001.2〜2002.2の期間中国の蘇州大学にて留学していたのだが、前期は班の中にはドイツ人、イギリス人、
アメリカ人、イタリア人、韓国人、日本人がおり中々国際色豊かな班であった。私の席の横にはいつもイタリア人が
座っており、私とイタリア人とも

サッカー好きでスケベ(いやスケベでサッカー好きというべきか)

であったたためすぐに意気投合し仲良くなった。更に同じ七号楼に住んでいることも拍車をかけ、お互いに部屋で
色々喋っていた。実は彼、いつもドイツ人と一緒におる上にドイツ語がべらべら。ドイツの大学で経済を
専攻しておるらしく経済にも結構詳しい。ドイツ語がべらべらな彼は先生にもドイツ人と二ヶ月間も間違えられていた。
しかも彼のイタリアネームは”crimi vincenzo”(クリミ ビンチェンゾ)なのに、中国語名は

”魏寧”(ウェイ ニン)

・・・・・・

何で!?全然違うやんか?(笑)

本人もかなり気に食わなかったらしく、どーにかして欲しいと言っていた。そこで私が彼に名前を考えてあげた。

”恩択”(エン ゾー)

これには彼も先生も大満足で彼の名前はこれに改名。ま、どっちにしろ私は彼のことをイタリアネームでずっと
呼んでいたので呼ぶことに関しては変わらなかったけど。


もともと某N○Kのイタリア語会話を三年間見ていて、更に独学でイタリア語をかじっていた私は彼に
イタリア語の勉強も教えてもらったり、日本語を教えたりしていた。そんなこんなで日本の話をしていると
彼がおもむろに日本の漫画がイタリアですごい流行ってるということを教えてくれた。その漫画の名は

聖闘士聖矢(セイント聖矢)

へ・・・・!?セイント聖矢って俺らが小学生の頃やど!?そーいうと彼は驚いていたが、とにかくイタリアでは

聖闘士聖矢センセーション

が起こるくらいに流行っているらしい(笑)しかも彼はこっち(中国)でセイント聖矢のVCDが売っているのを見て
狂喜
したそうだ( ̄▽ ̄ゞなるほど彼の部屋にはセイント聖矢のVCDが結構な数があった。


中国人はサッカーが異常に好きである。スタジアムで火炎を起こすくらいに( ̄▽ ̄;そのおかげといっちゃなんだけど、
中国のテレビ番組ではサッカーの放送がすごい多い。イタリアセリエA、ドイツブンデスリーガー、イングランドプレミア
リーグ等を筆頭に毎週週末になると、熱い試合が放送されるのでサッカー好きにとっては中々いい環境だったと言える。

そんな中私とイタリア人は毎週セリエAを一緒に見るという習慣が続いた。サッカーを見ながらお菓子をつつき、酒を
飲み、今のプレーはどうだとか色々議論したりもした。今思えばこの時は本当に楽しいひと時だった。本場のカルチョ(サッカー
のイタリア語)好きとこんなことが出来るのもこの”留学”というもののおかげだった。


授業中では二人ともよくこそこそとよくお喋りをして、こそこそ笑っていた。話題は常に

しもネタと中国人について

のこの二つだけだったが( ̄▽ ̄ゞ度々先生が『何が面白いの?私何か間違ったこといった?』と困らせるほど二人の会話は
盛り上がっていた。今思えば授業中にしもネタ話で盛り上がる学生ってなんやねん?って感じであるが、
授業中だからこそ何か余計に面白かったのかもしれない。

かといって授業中彼は不真面目だったというわけではなく、積極的に発言をしていて彼自身は普段は真面目な人間だった。
ただやっぱ
ラテンの血とでもいうのだろうか、彼は底なしの明るいやつで常に笑っているというイメージだった。

授業内だけではなく、二人のしもネタは学校内でもガンガンに飛ばしていた。

『おおーエンゾーどこ行くん?』

ソープランドだよ♪』

こんなあほな会話ばっかりだったが、いつのまにかクラスのほかのドイツ人にもその波が押し寄せられ、

『アモン〜、昨日お前2元ソープランド行ったんだって?』

『いやーあそこは駄目だったよー(困りながら言う)』

なんちゅー会話やこりゃ。しかし、このソープランドという言葉は一種の挨拶代わりとすらなっていったのである。(なんやそれ?)


イタリア人と言えばやっぱラテン系である。彼が聞く音楽っていうのも自ずと分かりそうなものだった。ラテン系って聞いて
思い浮かべる歌手と言えば・・やっぱ

リッキー・マーティン

でしょ。案の定彼が聞いてた音楽はそのリッキー・マーティン(笑)。いつも彼の部屋からリッキー・マーティンの曲が聞こえてきて、
彼はVCD見ながら彼もでかい声で歌っていた。音楽と彼の声のでかさは一際群を抜いていた(^_^;;しかも部屋を覗いてみると

腰をくねくねしながら熱唱している(笑)

これにはさすがに私はびびらせてもらったが( ̄▽ ̄ゞやっぱラテンは違うよな〜と感じた出来事だった。


そんなこんなであっというまに半学期が過ぎ、授業が終わり後はテストを残すのみとなっていた。私はおもむろに、

『Hai finito le scuole,eh?』(お前学校終わりだよな?)

と彼に聞くと、彼は『Si』(うん)と言いながら半分嬉しそうに、半分寂しそうな表情を見せた。この悪環境から
逃れられる喜び(笑)と半年過ごしたここ(蘇州)に愛着の気持ちで揺れていたらしい。私も仲のよい彼と
これでお別れするのはさすがに辛かった。

そしてテストが終わり、後は帰国するのみになったイタリア人。一年ではなく、半年で帰る
彼とはこれで最後になったので、一緒に最後は飲もうということに決めていたのだが、あいにく私が謎の病気に苦しみ毎日
寝る羽目になってしまった。その間に彼は帰国の日が来ていて別れすらすることができなかった。

私は至極後悔をした。さよならだけでも言いたかったのにそれすらできなかった。今学期で一番仲良かった外人だったのに・・・

しがない日本人の将来の夢を黙って真面目に聞いてくれて、聞いた後
『大丈夫。君の夢は絶対叶うよ』としっかりとした口調で言ってくれた。その時はほんとに嬉しかった。

君と過ごした日々はとても楽しかったよ。君と話した

しもネタ
と将来について

の話は忘れられないものとなったよ。これからもそのラテンの血を湧かしてハッスルに生きてくれよ!!
またイタリア語の勉強を始めるよ。
Ho cominciato a studiare l' italiano!

いつかイタリアでまた会おう.Grazie vincenzo!!

Ciao〜!!

ピィエンシャンより

↑イタリアの星 Crimi vincenzo


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