| イタリア人と過ごした日々 |
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私は2001.2〜2002.2の期間中国の蘇州大学にて留学していたのだが、前期は班の中にはドイツ人、イギリス人、 サッカー好きで であったたためすぐに意気投合し仲良くなった。更に同じ七号楼に住んでいることも拍車をかけ、お互いに部屋で ”魏寧”(ウェイ ニン) ・・・・・・ 何で!?全然違うやんか?(笑) 本人もかなり気に食わなかったらしく、どーにかして欲しいと言っていた。そこで私が彼に名前を考えてあげた。 ”恩択”(エン ゾー) これには彼も先生も大満足で彼の名前はこれに改名。ま、どっちにしろ私は彼のことをイタリアネームでずっと |
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もともと某N○Kのイタリア語会話を三年間見ていて、更に独学でイタリア語をかじっていた私は彼に 聖闘士聖矢(セイント聖矢) へ・・・・!?セイント聖矢って俺らが小学生の頃やど!?そーいうと彼は驚いていたが、とにかくイタリアでは 聖闘士聖矢センセーション が起こるくらいに流行っているらしい(笑)しかも彼はこっち(中国)でセイント聖矢のVCDが売っているのを見て |
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中国人はサッカーが異常に好きである。スタジアムで火炎を起こすくらいに( ̄▽ ̄;そのおかげといっちゃなんだけど、 そんな中私とイタリア人は毎週セリエAを一緒に見るという習慣が続いた。サッカーを見ながらお菓子をつつき、酒を |
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授業中では二人ともよくこそこそとよくお喋りをして、こそこそ笑っていた。話題は常に
のこの二つだけだったが( ̄▽ ̄ゞ度々先生が『何が面白いの?私何か間違ったこといった?』と困らせるほど二人の会話は かといって授業中彼は不真面目だったというわけではなく、積極的に発言をしていて彼自身は普段は真面目な人間だった。 授業内だけではなく、二人のしもネタは学校内でもガンガンに飛ばしていた。 『おおーエンゾーどこ行くん?』 『 こんなあほな会話ばっかりだったが、いつのまにかクラスのほかのドイツ人にもその波が押し寄せられ、 『アモン〜、昨日お前2元 『いやーあそこは駄目だったよー(困りながら言う)』 なんちゅー会話やこりゃ。しかし、この” |
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イタリア人と言えばやっぱラテン系である。彼が聞く音楽っていうのも自ずと分かりそうなものだった。ラテン系って聞いて リッキー・マーティン でしょ。案の定彼が聞いてた音楽はそのリッキー・マーティン(笑)。いつも彼の部屋からリッキー・マーティンの曲が聞こえてきて、 腰をくねくねしながら熱唱している(笑) これにはさすがに私はびびらせてもらったが( ̄▽ ̄ゞやっぱラテンは違うよな〜と感じた出来事だった。 |
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そんなこんなであっというまに半学期が過ぎ、授業が終わり後はテストを残すのみとなっていた。私はおもむろに、 私は至極後悔をした。さよならだけでも言いたかったのにそれすらできなかった。今学期で一番仲良かった外人だったのに・・・ しがない日本人の将来の夢を黙って真面目に聞いてくれて、聞いた後『大丈夫。君の夢は絶対叶うよ』としっかりとした口調で言ってくれた。その時はほんとに嬉しかった。 君と過ごした日々はとても楽しかったよ。君と話した の話は忘れられないものとなったよ。これからもそのラテンの血を湧かしてハッスルに生きてくれよ!! Ciao〜!! ピィエンシャンより |
↑イタリアの星 Crimi vincenzo