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激走!!伍子胥墓よ何処へ〜

2000年の夏、蘇州滞在時の話である。連れのイタコラとその日は別行動をすることになり、イタコラは世界遺産に登録 しようとしている蘇州周辺にある街「ロンチー」へ、私は伍子胥(蘇州伍子胥墓参照)の墓参りに行くことにした。十全街 でレンタチャリをゲットし、スタート。土地感のあるKENは目的の伍子胥の墓のある太湖まで快調に飛ばしていく。ふう ー風が気持ちいいー。この日は天気もよく日焼けは間違いなしだろう。胥口鎮に入り、そして太湖へ到達。ふふふっ・・・

去年発見した所まで更にチャリのスピードはあがる。おっしゃーもう着くでー・・・・・あら!?こんなとこに公園なんてあったっ け??およよ・・・!?ないぞ。確かにここのはずだ。近くに相変わらず誰だか分からん「荊祥」っていう人物の墓がある。

この 墓も去年より妙に整備されてしまっている。おかしい・・どうなってんだ。俺の覚え違いか!?仕方ないので太湖沿いの道を 北へ突っ走る(40分)。何と西山に着いてしまった。その間には全く石碑はなかったのに・・・おかしいなあ。それならばと、今度は 南へ爆走開始。途中人民を捕まえ、訪ねてみる。

「ねえ、伍子胥墓ってどこにあるか知ってる?ここら辺らしいんだけど・・」

人民A「伍子胥〜!?誰だそりゃ??」

人民B「ああ〜知ってるけど・・地図見せて。う〜んあそこらへんちゃうかなあ〜」

人民Bが指差してるところは全くどこなのか分からない。仕方なく更に南へ向かう。そろそろチャリをこぐ足が限界に達してきた。

結局東山まで(40分)行っても発見できない。もう足が動かない為、一時カロリーメイトを食べながら休憩。そしてまたチャリ爆走 開始。太湖附近は風が強く中々チャリが進まない。根性で必死の形相でチャリをこいでいると、前からチャリに乗った小学生3 人が迫ってきた。「ハロ〜」とか言って手を振ってきた。一体、俺を何人だと思ってんだ(徐州でアメリカ人に間違われた・笑)

くそ ったれ、だるいぞー。はあ、はあ、はあ、・・・・・げふっ。

やっと謎の「荊祥墓」まで戻ってきた。よし、こんなかにいる人に聞いてみよう。

「すいません、伍子胥墓ってどこにあるのか知ってます?」

老人「伍子胥??」

老人は考えこみ始めた。しかし、妙に間が長い。はっ、もしかしてこいつは某吉本新喜劇のたつじいさん(関西ネタで失敬)み たいに寝始めたのではあるまいな。

「ねえ、知らないの?」

「おおっ、伍子胥のお・・胥口にあるのじゃ。まあ、ここから走って四分じゃ」

走って四分!?そんなバカな・・チャリでさえ20分かかってんのに。実はこのじーちゃん、スーパーじーちゃんか!?(笑)

仕方なしにその情報を頼り胥口に戻る。体力はもう限界、意識もうろうだ。情報収集を始めるが、一番ましな情報 が、「昔あったらしいけど、どっかに移ったとかいう話らしいぞ」。げろげろ・・全くつかえましぇん(T-T)胥口をうろつ くも情報なし。失意のうちに逆風の中を動かない足を無理やり動かし、来た道30kmを戻っていくのであった。

伍子胥墓探しで、得た物。それは、えげつないほどの日焼けと足が動かなくなったこと。ああ〜伍子胥ー。  その日蘇州大学の開始式パーティに呼ばれ、日本人留学生に訪ねると彼も伍子胥の墓は太湖のほとりに あったということで私の話と一致していた。ていうことは太湖のほとりの墓はなくなったということだ。ガーン!!( ̄□ ̄)

ちなみに走行推定距離120km。走行時間10時間

written by KEN

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