■北京

楽毅墓(がくきぼ)
場所北京房山区富庄村西北
アクセス917路良郷北関下車後バイタク、ミニバス
解説戦国時代名を馳せた燕の国の将軍楽毅の墓。斉の国の城を次々と落として 斉を風前の灯火にまで追い込んだが、讒言により趙に亡命。趙で亡くなった 楽毅は三国時代の諸葛孔明が最も尊敬する人物である。この人物知らなくして孔明を語るなかれ!石碑は二つ。正面にあるのが中華民国12年の”望諸君墓”という石碑
コメント(KEN)(京香)到達
見ごたえ十分で石碑付き。こういう墓に巡りあえると来てよかったなぁといつも思う。

■上海

諸葛謹墓(しょかつきんぼ)
場所上海奉賢区泰日鎮日光村
アクセス地下鉄一号線に乗って『(廾+辛)庄』下車後、(廾+辛)南線バスに乗り、(廾+辛)庄バスターミナル下車後バイタク。
解説言い伝えによると諸葛亮の兄諸葛謹の墓だとされていた墓。清代の石碑が墓の上に横たわっていたのだが今は消滅。考古学隊の発掘調査によると出てきた出土物は全て清代のもので、諸葛謹の墓ではないことが分かったという。
コメント(KEN)到達
やられたいっぱい見事くわされた。一応ここに情報あります。やっぱ本物は南京にあったやつかな?

陸遜墓(りくそんぼ)
No picture場所上海川沙鎮(詳細資料整理中)
アクセス上海火車駅前から川沙鎮へ行くバスがあるのでそれに乗る。その後は自分の足と耳を頼りにするしかない。
解説三国時代呉の名将陸遜の墓。墓自体が残っているわけではないが、石碑が残っているらしい(出所は『中国元帥将軍墓』(確か大連出版社)
コメント(KEN)情報提供
だるい、疲れまくった。政府に押しかけて聞き込みをしても全く分からず、”ある”という情報は現地で確認できたのに肝心の碑がどこにあるか分からず撃沈。

黄蓋墓(こうがいぼ)
No picture場所松江南門外1.5km許鳥(牙鳥)村
アクセス松江行きバスは市内の色々な場所から出ており、どこからでも移動可能。
解説三国時代呉の名将黄蓋の墓。黄蓋が死んだ後家族がこの松江に移り住んだのかは全く分からないがとにかくあるという噂である。
コメント(KEN)情報提供
そんなにアクセスが不便なわけでもなさそうなので押さえておくのもいいかもしれない。



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