許昌オフその後
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時:1/4-1/13 行程:鄭州-邯鄲-北京-韓城-西安-蘇州 人:KEN一人 ※1元=16円(当時のレート) |
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| 始めに 今回の旅行記はかなりイライラさせられたこともあって暴言多いかもしれません。なるべく自主規制したり、 削除したりはしましたが、もしこれを読んで気分が悪いと思われた方は私NUNOまでお知らせください。 即刻その個所を削除します。日記をそのまま写して掲載したのでかなりの分量になりましたが、頑張って 書き上げました。長いとは思いますが、どうぞ気長にお読みくださいませm(_ _)m KEN |
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1/4 破綻してんじゃないの?
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ROVERさんと別れ、魂さんと邯鄲行きのバスに乗り込んだわし。
と書いてあったのに、まるで我々二人の気持ちを逆なでするように ちっとも高速使わないで107公道を爆進♪ しゃーーーーっすぞ我ら!!←大ギレ 結局原陽-新郷-(シ其)県-鶴壁-安陽-磁県-邯鄲のルートだった。ま、高速は使わなかったため新たにここら一帯の移動方法が 結局ついたのは6時20分頃。四時間半ちょいかかったってことになる。あたりはもうすでに真っ暗。バスターミナルで地図を買い、站前の 『おお〜ピエーショー・・シェンマシェンマ』 このねーちゃんわしの姓を読んだんだが、わしの姓の中国語の発音は”ピィエンシャン”である。ところがこのねーちゃんの発音はすげー。 晩飯を食おうと思ったけど、魂さんはまだ気分が悪く食べる気が起こらないらしい。MR.LEEでわしは牛肉面を食ったが何と 財布を持ってくるのを忘れてた(^_^; その場に一緒に魂さんがいたので助かった。どもすんません(焦)とりあえず明日は磁県付近の遺跡をあさることに |
1/5 気分は最悪
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朝五時半過ぎから魂さんがもそもそ起き出したので、わしもつられて六時半には起床。朝めしはカップ麺と味噌汁。カップ麺食った後 重そー・・・( ̄▽ ̄; バスターミナルで安陽行きのバスに乗り込み磁県へ。40分ちょいで磁県に到着。そっからバイタクどもに聞き込むがどーも知らないっぽい 中に入ると、うわーっと五、六人の田舎子供につきまとわれる。小銭作りのためわしが二枚分100元で出すと、 おばちゃん『細かいのないの?』 わし『ない!!』 はっきりいってこの時、一種の罪悪感がわしを襲った。こんな田舎のとこで滅多に見られない百元札。 やっとかき集めたお釣りを持ってきた一方で(おばちゃん感謝!)ガキがごにょごにょ言っている。 『この兄ちゃんたち金持ちやなあー』 『かっこいい兄ちゃんだなあ〜。』 『さすがシティーボーイの兄ちゃんが喋る言葉は違うなあ。俺達田舎の言葉とは全く違うよ、すげーなー いや、ちゃうやろお前ら。言葉分からなくて当たり前や。 わしらは外人ぢゃ!! そんなことも分からんここのお前達、田舎すぎやぞ(T-T) しっかし、ここが魏の都だったとこかいな。しょぼい、ぼろい、へちょい。何だかすげー悲しくなってくる。ったく中国人は観光地に そこで曹奐墓を聞き込むとこっから5kmらしい。しかし、そこまでの道が最悪。たでさえ気分悪いのに完全に気分が悪くなった。 二人ともマジギレ ”んなとこはいいんだよボケ!!曹奐墓は一体どこなんぢゃ!! おやじもふてくされ困っていたが、通りすがりの人民に聞くとあっさり場所が判明。こっからすぐ近くらしい。もし、曹奐墓が おやじをぼこぼこにしてやったところだ ったく・・・曹奐墓はそっから見える距離にあった。以前ROVERさんとこで見た写真と比べると、石碑はぶっ倒れており(笑)、
↑旧曹奐墓碑(ただいまぶっ倒れ中。 とりあえず気分が相当に気分悪い。しかもここまでにかなり時間がかかってもうたし。 魂さん、どーもお疲れさまでした。m(_ _)m 時間はあるし、これから市内を見て回ろうと無理にまわる。そのおかげで完全に身体がくたばる。動く気すら起こらない。 だるい身体をひきずりながら邯鄲站に行き、北京行きの切符を買う(軟座80元)。北京だと保険で医療費いらないし、 |
1/6 一年半ぶりの北京
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朝六時過ぎにむくむくと起き用意をする。七時出発間際になりお腹が下しまくる。危うく列車に乗り遅れかけた。 はい、偽物の水でした〜♪ 近頃は優秀生産なはずの”農夫山泉”すら偽物が出回っとんのかい!! 農夫山泉といえば浙江省とびきりの風景区で水がすごいきれいで有名な”千島湖”からとったミネラル水である。 中国って偽物ばっかり そのうち全てのもが嘘にしか見えなくなるような気がして残念(というかわしはもう手遅れかも!?)である。 『おえ〜っ!!!』※死ぬんちゃうか!?ってくらいのこえー声で といいながら痰なんかう○こなんかはしらんが、口から吐き出しそれを息子がティッシュでふき取る。その光景を 北京西站には11:50分に到着。しっかし北京西站ってすげーな規模がやっぱ。一種の空港ターミナルやでこりゃ。 百元札を普通に差し出す人民( ̄□ ̄! すげーとびびるNUNOを横目に、服務員は 『ちっ!!』 と舌打ち。そりゃいくらなんでもあかんやろ人民よ。バスで百元って 3、40分ほどかかって到着。そっからユースホテルがある北京国際飯店のニ号楼へ行く。フロントにはデポジットの紙を 服務員『Do you have a member's card?』 英語かい!!わしはその昔英語が好きでよく勉強していたのである程度聞く能力はあるし、読む能力も高い。 わし『シェンマ!?』 『なんだ中国人なんだ?紛らわしいわね!』 えっ!?違うよ、違う!!居留証見てよ!! 決められた部屋に入ると、部屋はやたらに物が溢れていて、長期滞在してます〜みたいな跡が伺える。お!? 欧米人『ハーイ!!』←やけに明るいのが困る わし『はっ・・・ハーイ』←ギコチナイ 欧米人『どっから来たの?』 わし『ジャパン』 欧米人『オ〜グレイト!!ユーはジャパニーズかい!だったらこの本見てよ』 とおもむろに読んでた本をわしに見せる。
なんやGEISHAって?? おおっあの芸者か!! 何読んどんねんこいつ(笑) 表紙に飾られた恥ずかしそうな表情を見せる芸者さん それを”interesting”(面白い)と何十回も連発する欧米人。 そして
やっぱ世の中英語やで!! 中国語なんか勉強してる暇なんかないで。改めて帰国後英語をやりなおそうと決意する(ほんまかいな?)。 とりあえず病院へ行こう。一番近くのAIU保険がきくという東単の協和病院へ。途中歩いてる時風がすごくて 息ができない、ほこりで顔が痛い、歩くのが困難 ・・・なんぢゃここ北京!! 病院に辿り着き外国人向けのとこに行って診察してくれるように言う。どーも保険が効かないっぽかったけど、 『何で君は一人で旅行してるんだい?もっと皆と活動してわいわいやんないと面白くないだろ?』 痛っ!!( ̄□ ̄! とりあえず大きな問題はないらしい。便を見たら分かるというのでトイレに行って頑張るが出ない。ほなってことで とりあえず歩いて王府井まで行き、永和大王で台灣炸猪排飯セット(15元)を食べる。不思議なことに 食った後天安門までまたもや歩いていく。おおー相変らずここは荘厳な感じのする所やなあ。もう少しで旗下げが 恐るべし中華人民共和国首都の北京。とりあえずわしは天安門の毛沢東の肖像画に向かって 『偉大なる毛沢東思想万歳、万歳、 と中国語でぼそぼそ言ってその場を離れる。病院に戻ってしばらくすると血液検査の結果が出た。 『いいなあー学生さんは。私らは休暇なんてないものなあー・・・』 男医者『ところでさー○○ちゃん、今晩空いてない?食事でも行こうよ』 頑張れ呉慶軍先生!!わしはあんたの味方だ!! 協和病院から歩いてユースホステルに戻る。部屋に入るとフランス人らしき二人組みがベッドでチェスをしている。 三日ぶりのシャワーを浴びに行く。おおーお湯が暖かくて気持ちいい・・・身体も頭もすっきりした。それから ・・・・・・・ 夜12時過ぎてもFuckin FRENCHは電気も消さずにチェスをやっている。(以下自主規制) こんのアホボケカスウン○変態!! 結局寝付けたのは二時過ぎ。うるあ〜!!! |
1/7 のんびり at 北京
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朝八時過ぎに起きてマクドナルドへ行く。部屋出る時に眼鏡かけたフランス人がわしに『What's
the matter?』(どうしんたんだ?)と (日記では以下に暴言が続きますので書きません) マクドナルドでモーニングセットを頼むが、何故かなくハンバーグとコーヒー一杯で9.5元もした。食後スーパーで買いものをする。 薬を飲んで久しく洗ってない関学青ティーシャツを洗う。するとでるわ出るわ黒い汚れが( ̄- ̄;一生懸命洗って汚れを落とす。 そっから歩いてホテルまで戻る。ちゃんと運動しないと腹もへらへんやろうしね。 そんなこんなでもう五時過ぎ。夜メシを食いに以前行ってた台灣料理の店へ行く。が、 なくなってた(T-T) 仕方ないので地下通りの中にあるカレー屋さんでカレーセットを食べる(チキンカレー+飲料+ポップコーンで22.5元)。久しぶりの それからシャワーを浴びてまったりとしてから、八時にチェックアウト。タクシーで北京西站へ向かう(24元)。待合室に入ったのは かなりしょぼい都市やのう ああーいやだいやだ・・車内に入ってからはそっこう寝付けた。シャワーの余韻がほんわり残ってたから。すげー気持ちいい・・・ |
1/8OH MY 司馬遷!!
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朝起きる七時過ぎ。周りのベッドの人民達はいなくなってたラッキー!8:30過ぎに霊石に到着。しっかし山西省って石炭 過ぎ行く街の雰囲気は最悪 大同にはじめていった時にも思ったことだが、この省って密かにかなりビンボー地域に違いない。統計は見たことあらへん 貧しいとこは安徽省だけにしてくれ!!(涙) 大体列車内の人民の顔ぶれがもっとそのことを物語っているではないか!?はーいやだいやだ そうこう考えてると上のベッドの人民兄ちゃんが降りてきて、自分の靴を探す時、わしの靴を堂々と踏み台にして 列車は時刻どおりに韓城に到着。列車から降りると站の雰囲気はかなりショボイ。站を出るともっとやばかった。 站前には、蒲城行きと西安行きのバス、タクシー、バイタク、輪タクが殺気だった目でスタンバッており客引きが こっ・・・怖っ!! とりあえず地図を買うため売店に行く。するとおばちゃん 『ここには地図なんてないわよ』 は!?まじかいな!?確かにこの街はしょぼそうやしなくても違和感がないかもしれん。けどや、ここ韓城ってまがり 司馬遷祠墓を地図で確認すると、バイタクに聞く。『ここまでこっから何キロ?』『31華里ぢゃ(15km)』 バイタクはとろとろ走り10kmの距離を30分もかかって到着。ここがそうか〜感慨深くなりしばらく入り口でたたずむ。 司馬遷の墓はコンクリ(石!?)で周りを固められており、何本かの木が中から生えていた。ここに司馬遷が 居心地の悪いバイタクに乗り市内へ戻る。っていうか市内とは呼べないけど( ̄▽ ̄;; バイタク親父に汽車站まで連れてってもらい金を払う。けどここの西安行きのバスは一台しかない上に五時間も 狭くて臭くて息苦しくて、人民と密着できる
IVECOで四時間半はごっつい辛いなあ・・バスは時速10kmを保ちながら(怒)とろとろ進む。途中次々に バスに乗ってて気づいたのだが、ここ韓城一体は台地だった。あたり一面台地で中国でこんな風景見たのは初め そっからバスは急に速度をあげていった。途中合陽という都市を通ったが、ここはとても賑やかだった。はっきりいって オイ!!我らワシを殺す気か!!くさいんじゃ バス内で三時間半ものタバコとの格闘が続き、8時半西安東バスターミナルに到着。くそせまいIVECOに IVECOにしてやられた |
1/9 西安でございます
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朝一度五時半に起きる。すぐに寝てまた起きたら七時半過ぎ。どうやらもう寝れそうにないんで起床。朝めしに邯鄲で買った 『ウオーハイメイマイーピィアオ〜ジェンマバーン?』(我還没買票、怎麼辨?) 韓国語なまり爆発しすぎだったので、『こいつ韓国人やな』と心で爆笑しながら教えてあげる。ていうかわしに聞かんと 兵馬俑行きの306路豪華バスは何と高速道路をぶっぱなしながら行き、40分で兵馬俑に着いてし 相変らず兵馬俑の周りはうさんくさい物売りがいっぱいいる。無視してチケットを買いに行く。学生証で60元が35元になったのは さっさと突入して鑑賞。・・・ほにゃ!?以前は兵馬俑坑1・2・3号どれも撮影禁止だったけど、今ではその看板すら見当たらなく ここ兵馬俑が埋まってた地域は発見されるまで人民達の墓地やったらしい(中国人ガイドの喋ることを盗み聞きした)。 お土産コーナーで兵馬俑トランプを発見。値段も5元と手頃で高くないので即買い。しっかしそこの売り場のおばちゃんは 『こんにーちは!にほんじん?何買う?』(日本語) と最初日本語で喋りかけてきたのでびびった。危険信号がピコンピコンと鳴り始めたので 『ああ〜!?』(中国人ばりに) と返すと、『日本語、中国語、英語どれで喋るのがいい?』と中国語で聞いてきたので、 『わしは中国人やからもちろん中国語ぢゃ!!』と言ったら、『あらそうなの。あなたの格好見てたら絶対日本人だと 『じゃあ(何がじゃあやねん)、そのトランプは5元でいいわ。あなた学生さんでしょ?日本人・欧米人なら え!?こえー・・・!! 怖いよこの人たち!!パパ、ママ僕ちゃん帰りたい!! 西安の観光地の人間の人種識別能力の高さといったらほんまにびびる。こいつら的確に日本人をあてる感覚が おっさん『どこ行くんだ?秦始皇帝陵、華清池とかに連れてってやるぞ』 わし『鴻門の会遺跡に行きたいんやけど、こっから何キロある?』 一体おまえの存在価値は!? おっちゃんおばちゃんはしきりに始皇帝陵や華清池を勧めるが、わしはそこらの観光地のことをぼろかすにけなして おばちゃん『普通観光客は秦始皇帝陵や華清池に行くけど、鴻門の会遺跡行く人はいないわ。あなたはどーして わし『それはな、わしが変なやつだからだ!!』 この一言に二人は唖然としていたが、おっさんが話を続ける。 『そーいやお前は見た目は日本人だと思ってたけど、中国語喋らすと中国人みたいだ。お前は一体中国人なのか?』 わし『教えない。まあ、とりあえず他の星から来たからお前らに言っても分からへんやろな。 おっさん『大丈夫だわしらはお前を騙したりはせん。ボリが多いのは事実だが、いい人もいるんだぞ。 オイ、自分で言うな( ̄- ̄;; とりあえず鴻門会遺跡に到着。しょぼ〜い・・・確かにこれは写真撮る気が失せる。そーこーしてるとねーちゃんが 24元!? はあ〜どんな料金設定やねんこれ!!『ふざけんなよてめー!!こんなしょぼいとこで24元てボリ過ぎやろ。まけろ!』 そんなものはいらへん!!! そう叫び一人でしょぼしょぼテーマパークを一人で鑑賞。ガイドのねーちゃんには一言も喋らせないで。 さっさとそこをあとにし、306路バスが通っている公道まで戻り、へんてこ二人組みとはおさらば。ああーあほくさ 食後歩いて動物園横の襄王陵まで向かう。うーむかなり遠いバスに乗った方が賢かったな。さんざんに迷い 『知不道(ジーブダオー)』(知らん) 知不道かよ!!(笑)西安方言が炸裂!!!標準語だと”不知道”なのに。しっかし”知不道”とは参った。 何かこの襄王陵に行く道ってすんげー分かりにくいし、人民の生活感が溢れまくるところでバザーみたいなこと |
1/10 おまえら〜!!
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朝八時すぐに起床。宿を引き払って荷物を駅前に預ける。今日はとりあえず咸陽に行って茂陵へ行くつもりだ。站前の103路 汽車站近くで下車して汽車站に茂陵行きのバスを探しに行く。『おい、どこに行くんだ?』『茂陵!!』 へ!?ないの?なぬ〜地球の迷い方にはここから茂陵行きのバスがあると書いてあるが( ̄ ̄;;?とりあえずしゃーないので ・・・・・・ 相〜当〜の期待外れ!! 世界的に有名な博物館とか言っておきながら、しょーもない展示品しかないしかないし、どこの部屋もいっちょまえに監視カメラ 内蔵物がすごくてもそれが博物館内に展示されてなかったら何の意味も お前ら中国の博物館はいっつもそーや。”何々の有名な何々が当博物館には収められており”なんて書いて客を呼び込んど 少しキレ気味にお土産コーナーへ行くと・・おおっ、すげーここ充実してる!!拓本や本、骨董かなりの品揃えだ。 ・・・20分経過。うむー全く来ないではないか。ん!?時間が書いてある。初班7:30、末班14:30.もしかしてこの とりあえずそこから又もや歩いて火車站まで行く。・・・・・・遠い、だるい(T-T)あほかわしは。站前で16路バスを 白起(はくき)は戦国時代末期(およそ今から2200年以上前)秦の昭王時の猛将で、各国を次々に破る常勝将軍で
参観を終えてバイタクは片道だけでさいならしてたので、バスに乗ってもよかったけど又もや何を考えたか 西安の漢城路に着いた後、あるきで一つ南の筋に通っている521路バスに乗るため行く。が、 疲れと腹が減ってしょーがないので站近くの”秦漢面庄”で普通の中華料理を食べた。宿はどーしようか スーパーに買い物に行くと韓国人に間違えられたので、無知人民に対して日本人と韓国人と中国人との 『日本人も韓国人も中国人も見た目は一緒よね〜』 と言われたのでかなり頭にきた。なんやねんその”よね〜”って。何お前は勝手に知ったかぶったように決め付けとんねん!! 不細工モンゴリアンねーちゃんに言われたのがどーも腹立たしくて許せなかった。 韓国人の留学生もこれ聞いたらさぞかしキレルやろうな。んで皆がこー言うやろう(ていうか言ってるけど) 誰もお前ら 井底之蛙,不知大海 (井の中の蛙大海を知らず) まさにこの言葉がぴったりだよあんた達 |
1/11 乾陵
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朝七時過ぎに寒さで目が覚める。何だかんだ用意して、朝めしはカップラーメンを食べ九時に出発。昨日と同じように 咸陽汽車站から乾県行きのバスに乗り込む(6元)。バス内は香港のスターアンディ・ラウの曲(広東語)がえんえんと バイタクのおっさんを捕まえると5元だという。まあまあ妥当な値段なので行ってもらう。乗り込んだのはいいが結構遠い。 『てめえーわしは乾陵行けって言ったやろ!!何でここで停めるんぢゃ!』 『何言ってるんだここは有名なんだぞ。ちょっと見てけよ』 『いらんわ、こんなもん価値なしぢゃ。はよ乾陵まで行け!!』 そう言うとおっさんはかなり面食らっており、おまえは何てことを言うんだと言わんばかりの表情である(笑) 『じゃあお前はここがどれほど価値があるのか歴史的知識を持って説明せい。できんかったら蹴るぞ』 おっさんはわしがそう言うとまたもや面喰らったようだったが、おっさんの説明は”有名だから”の説明だけ。 『このハゲー!!!てめえが乾陵まで5元で行くって言ったやないか。』 『払わないなら俺は行かないぞ』 うぬう〜どいつもこいつもふざけよって!!!とりあえず2元払うことで決着。入り口についてバイタク金を払い、 すげー・・・まず乾陵にたどりつくまで山登り(階段地獄)。急な階段をえっさえっさ登る。ごっついきついわこれ。 参道には首のない人や馬の石像が立ち並び、その先には”無字碑”が建っていた。この無字碑は則天武后が その無字碑のちょっと先には首がない61体の石像があり、これは服装や装飾で異民族の臣下の石像だという それで乾陵を後にしたわけだが、そっからわしは何を考えたか乾県まで歩いて帰るという暴挙に出た。 あんまりに乾県まで遠いので、でかい声で歌を歌いながら戻る。アンディ・ラウの『当我遇上イ尓』『将自己給 乾県からバスに乗り込む。バス内ではVCD放映がされ始め、見るとアンディー・ラウとレスリー・チャンの共演 咸陽に着いた後、59路バスを人民中路のバス停で待っていると茂陵行きの13路がやってきた。なんやこっか |
1/12 今日こそ茂陵
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とりあえず今日こそは二日間行きそびれてる茂陵へ行く。九時前に宿を出ていつもと同じようにして咸陽へ行く。毎日同じ路線に 咸陽到着後、人民中路のバス停から13路に乗り込んだ。 へ・・!?何でそんなに安いん?ってことは近いのかな。どーりで20元札出したらねーちゃんいやな顔したわけだ。 2元!?何でまたそないに安いんや?『茂陵やでおっちゃん茂陵。でっかーい墓の茂陵やで』『わーっとるはよのれい』 ああ〜ん!?どー考えてもそこは一つの街だった。 『てめえーどこにでっかい墓があるんじゃ!!ただの街やないか!!』 もっと早く言わんかいこのタコ!! 怒りを押さえながら来た道を戻る。公道沿いに”興平”行きのバスが停まっており、このバスに乗れば茂陵近くまで行けるらしい。 バスに乗って10分程で降ろされる。おっちゃんがこの道をまっすぐ行けば茂陵だと教えてくれた。とは言ってもここ二日西安 ばいたくはとろとろ走り坂を登りきったところで、どでかい山が見えた。何とこれが茂陵らしい。乾陵にはでかさで劣るかもしれ 博物館に着くまでしばらくそのスケールにあっけにとられる。博物館に着いた後、入場料20元払い突撃。ここ茂陵博物館は 係員に墓の場所を教えてもらい(笑)、墓を登る途中日本人女性二人とすれ違った。どうやら中国人のツアーできてるらし 出る間際お土産コーナーを覗いてみるとかなり充実していた。有名どころの本などもばっちり揃っていた。ここで茂陵の白い 茂陵の陪葬墓徒歩でほとんど制覇!!(笑) 有名どころから石碑のない墓まで(笑)手当たり次第制覇。唯一儒学者董仲舒の墓だけが見つからなかったのが残念。 わしも登ろうか考えたけど、とりあえず歩きすぎにより足が吊りそうだったのでやめた。武帝関連の人物の墓でまだ行って やることも終わりバイタクにのって公道まで行く。その後、西安行きのバスを捕まえて咸陽まで行く。咸陽に入ってから 人民中路で59路のバスに乗り西安へ戻る。漢城路に着いた後103路に乗って火車站まで行く。時刻は夕飯を食うの 宿に戻る途中やたら売春婦ねーちゃんが一斉に声をかけてきて、手招きをしている。 『エイ!!エイ!!エイ!!ほらほら若者おいで!!』 いつものことだが今日は特にすごい。よっぽど客を呼びたいのか。でもなあ お前らブサ○クやねん(爆) そんな顔でポン引きされてもやりたないし、 宿に着いた後、ちょっと休んでから早めのシャワーを浴びる。ボディーソープの香りがよくていい気分だ〜。 |
1/13 畑ボンバー
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今日は旅行最後の日。しかも一番やっかいそうな韓信墓。とりあえず地図見た限り真剣に交通手段がない!! バスターミナル内にはなかったが、近くに”王府湾⇔新築郷”と言うバス停看板を発見!とりあえずそこで待ってみるものの全く 『そんなものはない』 アイヤ〜!!仕方ないとりあえず213路に乗って(シ覇)橋区へ(1.5元)。てゆーかばり遠い30分以上もかかってし 『ああ〜ん?新築郷やって?』 そーいうとバイタク野郎どもはげらげら笑い出した。 わし『何やねん?こっから遠いんか?』 兄ちゃん『ばーり遠いって。こっから20kmやって、うひゃひゃひゃひゃひゃ!!』 何やねんその笑い方しばくぞ我ら(怒) わし『行くのか行かんのかどっちや?』 兄ちゃん『絶対行く!!』(笑) とりあえず乗っかることに。この兄ちゃんからしたら稼げるってことで嬉しいのだろう。 『おい、すごいことになってるぞ。このばあちゃんの話を聞けよ、うひゃひゃひゃひゃひゃ!!』 ったく何笑っとんねんお前は。農作業姿丸出しのおばあちゃんがわしに説明しだした。 『韓信墓はな、そりゃ〜昔はでか〜いもんじゃった。廟も石碑もあったしのお。けど今では平地になってのお、 そんなことはとうに知っておるわい。 わし『けど石碑はあるって書いてるで』 ばあちゃん『そんもんはないあきらめなさい』 うーむそんなことであきらめてたまるかい。大体中国人は自分の知ってる知識だけで物事を全て話すからそーいう 兄ちゃん『おい、ばーさんがあー言ってるんだから諦めたほうがいいんじゃないか?』 わし『絶対行く( ̄- ̄』 兄ちゃん『マジかよ!?』 わし『行くってゆーたら行くんじゃい!!』 兄ちゃん『お前気は確かか?そりゃな墓はあったさ、昔にでかーい山みたいなのが。でも今はねーし石碑も わし『去!!』(行く) 兄ちゃん『はあ〜〜〜〜っ!!助けてくれ〜(T-T)。もうひとつついでに言っておくけどな、その墓の地名は わし『行くってゆうたら行くんじゃこのハゲ!!何回言わせるんじゃ!!』 兄ちゃん『ひゃあ〜(T-T)』 わし『分かったぞお前行きたくないんだろ?だから何回もわしに聞くんやろ』 兄ちゃん『いやーそうではないんだけどなあ・・・分かったよ行けばいいんだろ』 てなわけでやっとのことで出発。意外なほどあっさり着いた。じっちゃんに聞き込むとすぐに判明。 じっちゃん『ほれ、あそこじゃ。あの田んぼがそうじゃ』 じっちゃんの指差す方向を見ると・・ マジで畑!!(笑) 農作物頑張って作ってます丸出しの畑。一瞬身体が凍りついた・・・怖いわ。人民は全く何するかわから 韓信墓は存在していた当時、そりゃまー大きい墓だったらしい。墓の前には石碑二つあって廟まであったとか。 んでもって地名のことやけど、新築鎮龍王廟ってのが昔の地名で、今の地名はやはり新築郷新農村で正しい わし『てめー言ってることがあべこべやないか!!地名やっぱあってるやんけ!!』 兄ちゃん『わりーわりーどうやらそうだったみたいだなエヘヘ・・』 こんの野郎いい加減やなあオイ。そっから西安に戻ろうとするわしを野次馬人民がわっさわっさ集まってきて 人民A『お前は考古学(考考古kao3kao3gu3)やってる人間だろ?』 わし『違う』 人民B『おー分かった。ここ韓信墓を復活させて旅遊景区を開発するつもりなんだろ?』 わし『ちゃうって』 人民C『おーそうか、お前は記者だろう。テレビか?新聞か?テレビだったら俺を撮ってくれよ』 わし『違うって言ってるやろ!!』 人民達『じゃ何なんだ?』 わし『ただ韓信が好きなだけでわしは旅行者じゃ!!』 人民D『おおっ!喜歓(xi4huan)歴史か!!』 xi4huan!?何やそのすんげー方言は!?標準語だったらxi3huanだしょ??このおっさんどもだけでなく バイタクで213路が通る公道まで戻り、金払ってさいならする。途中バスに乗ってると(シ覇)橋でその兄ちゃん 213路の南門付近で下車し碑林博物館へ。30元もすんのかい!!まあいいとにかく入ろう。 『ふっ、司馬懿の父親の石碑だとよ。司馬懿だってよ、あの泥棒野郎の親父だぜ!最低だな!!』 心の中でこれを聞いて大爆笑してしまった。博物館内を更にうろつくと唐の高宗の陵墓”昭陵”の参道にあるは 入り口でミスター(!?)な兄ちゃんを捕まえ聞く。 わし『韓信墓の石碑がここに収められてるって聞いてやってきたんだけど』 Mr.『韓信墓の石碑!?えっ?韓信は淮陰侯だから江蘇省の淮安じゃないの?』 わし『違うよ。今日さっきわしは(シ覇)橋区の韓信墓のあったところに行ってきたんだよ。そしたらそこは平地に Mr.『おかしいなあ〜漢代の石碑はここにないし、もしあったとしたら私は絶対知ってるはずだけど』 わし『いや漢代じゃなくて清代の乾隆帝時代のやつ』 Mr.『うーん、ちょっと聞いてみるからちょっと待ってて』 ミスターな兄ちゃんはどこぞやに電話をかけて聞いている。しばらくして戻ってきた。 Mr.『うーんやっぱないって。ここにはないしどこにあるかも分からないんだって。これは専門の研究者が言って わし『ないけど』 そう言うと兄ちゃんは熱く漢中の漢代遺跡について熱く語りだした。どうやらお互いに好きな分野が似通ってる 韓信はわしが一番好きな人物。その人物の墓が畑になってるのを見て悲しくなるどころか、わしは思いっきり そんな先祖不幸なあんた達に代わってわしが墓参りをしてる ま、そんなわけなんやけどね。はあ〜でも畑ばっかり ![]() 『わしの歴史的存在意義ってどうなってんの?(涙)』BY 韓信 昼飯は(三時前)鐘楼前のマクド(ナルド)でぱくつく。その後時間つぶしで上島珈琲でカプチーノを飲みながら、 これで今回の旅行は終わり。悔いが残るのは平原君墓、孫ピン墓、陳平祠、周亜夫墓に行けなかったこと。 |
終わりに
この長い日記を読んで頂いてどうも有り難うございましたm(_
_)m
2002年の夏台灣か又中国に行く予定です。やっぱ私は根っからの
旅好きなようで早く次の旅に出られるよう頑張ります〜!
KEN